老後を「自分の課題」として引き受けるために――『自分の介護』
介護は、ある日突然、家族の問題として訪れる。だが本書『自分の介護』が読者に促すのは、親や配偶者の介護だけではない。いずれ支えられる側になるかもしれない「自分自身」の老後を、まだ体力も判断力もある現役世代のうちから考えることである。
40代、50代は、仕事でも家庭でも責任が重く、老後を遠い先のこととして後回しにしがちな年代である。しかし、介護保険制度、医療との付き合い方、住まい、認知症、金銭管理、家族との意思疎通など、老後に必要となる知識は、いざ必要になってからでは遅い。
本書は、そうした「老後予備軍」に向けて、介護をめぐる現実を過度に脅すことなく、しかし曖昧にもせず、丁寧に整理している。
介護の問題は、個人の努力だけでは解決できない。地域包括支援センター、ケアマネジャー、介護保険サービス、医療機関、自治体窓口など、地域の支援資源をどう使うかが生活の質を左右する。とりわけ東京のように高齢単身世帯が多く、家族関係や住まい方が多様化する都市部では、「家族が何とかする」という前提はもはや成り立ちにくい。本書の価値は、介護を家族内の美談や忍耐論に閉じ込めず、制度と地域を使いながら自分らしい老後を設計する視点を示している点にある。
老後に起こり得る問題は多岐にわたる。身体機能の低下、認知症、入退院、施設選び、財産管理、孤立、介護する側の疲弊、きょうだい間の意見の違い。これらは誰にでも起こり得るにもかかわらず、多くの人は「まだ元気だから」と準備を先送りする。
本書は、その油断に静かに警鐘を鳴らす。介護とは、老いてから始まるものではなく、老いる前に考えておくべき生活設計なのである。
読み進めるうちに気づかされるのは、介護の準備とは、単に制度を覚えることではないということだ。どこで暮らしたいのか。誰に何を頼めるのか。延命治療や認知症への備えをどう考えるのか。資産や住まいをどう管理するのか。こうした問いに向き合うことは、自分の人生の最終盤を他人任せにしないための作法でもある。
本書は、現役世代にとって実用書であると同時に、老後の尊厳を考えるための入門書でもある。行政職員、福祉関係者、地域活動に携わる人にとっても、住民が介護を「わがこと」として考えるための手がかりを与えてくれる一冊だ。
高齢化が進むわが国において、介護は福祉部門だけの課題ではない。住宅、交通、雇用、地域コミュニティ、情報提供のあり方とも深く結びついている。
『自分の介護』は、老後への不安をいたずらに増幅させる本ではない。
不安を、知識に変える本である。
知識を、備えに変える本である。
そして備えを、自分と家族の尊厳を守る力に変える本である。
40代、50代の今こそ、この本を手に取る意味がある。老後は突然やって来るのではない。今日の選択の積み重ねとして、静かに近づいている。その現実を正面から見つめるための、信頼できる道案内である。
