本とアートと世界のお菓子に出会える場所
中学生・永井花里菜さんが描く「WORLD BOOK CAFE」の夢
「子供地球基金」をご存じでしょうか。
世界各地で、心に傷を負った子どもたちに寄り添い、アートを通じた心のケアに取り組んでいる国際的な非営利団体です。
代表の鳥居晴美さんは、ウクライナで戦争が始まったときも、トルコで大地震が起きたときも、すぐに現地へ向かわれました。宿泊する場所さえ十分にない状況のなかで、子どもたちのもとへ駆けつける。その行動力と勇気、そして何より、子どもたちへの深い愛情に、私はいつも心を動かされます。心から尊敬する女性のお一人です。
その子供地球基金が主催する、子どもたちの夢を応援するプロジェクト「Kids Talk」にお邪魔してきました。
風鳴舎発行人の青田です。
日本での開催は、今回で8回目になるそうです。
子供地球基金
https://www.kidsearthfund.jp/
本とアートと花、そして世界のお菓子があるカフェ
今回の主役は、この春、中学3年生になった永井花里菜さんです。
花里菜さんの夢は、花や緑とアートに囲まれ、本を読みながら世界のお菓子を楽しめる「WORLD BOOK CAFE」をつくること。
本に携わる者として、これはぜひ聞いてみたい。いったいどのようなカフェを思い描いているのでしょう。期待に胸をふくらませながら、会場へ向かいました。
花里菜さんは、アメリカ・シアトルで生まれ育ち、5年前に東京へ引っ越してきたそうです。
日本に来たばかりの頃は、言葉や文化の違いに戸惑い、孤独や寂しさを感じることもありました。
そんな花里菜さんの心を支えてくれたのが、本の世界に没頭すること、そして絵を描くことでした。
カフェでお茶を飲み、デザートを味わいながら勉強をしたり、本を読んだりする時間も、心を少しずつ軽くしてくれたといいます。
華やかな出来事ではなくても、今日一日のなかに、ほっと息をつける時間があること。好きな本があり、おいしいものがあり、心地よく身を置ける場所があること。
そうした「毎日の小さな幸せ」は、子どもにとっても、大人にとっても、心を守り、明日へ向かう力になるのだと思います。
誰もが心地よく過ごせる、小さな図書館のような場所
花里菜さんがつくりたいのは、子どもも、学生も、大人も、それぞれに心地よく過ごせる、ミニ図書館のようなカフェです。
棚には、さまざまな言語で書かれた本。美しいアートブックや、思わず旅に出たくなるような写真集、世界各地の文化や暮らしを伝える本が並びます。
そして、やわらかく、肌触りのよいクッションをたくさん置くこと。
「ここがとても重要なんです」
そう力を込めて話す花里菜さんの姿が、とても印象的でした。
忙しい毎日のなかで、のんびりと過ごし、心と体のエネルギーをチャージできるように。店内には花と緑があふれ、土や木を思わせる“earthy”な茶色を基調とした、穏やかな空間をつくりたいそうです。
花里菜さんがネイティブの発音で“earthy”と口にした瞬間、その響きだけで、彼女が思い描く空間がふっと目の前に立ち現れるようでした。
あたたかな土の色。木の手触り。植物の香り。やわらかなクッションに身を預けながら、静かに本のページをめくる時間。
花里菜さんは、建物やメニューだけではなく、そこに流れる空気まで、しっかりと心に描いているのです。
世界への扉を開いてくれた「お菓子」
花里菜さんが異文化に関心を持つようになったきっかけは、幼い頃、お母さまが海外出張のお土産に、その国のお菓子を持ち帰ってきてくれたことでした。
なかでも心に残ったのが、スリランカの「ワタラッパン」。
ココナッツミルクと、ヤシの蜜である「ハクル」などを使ってつくられる、プリンのような伝統菓子です。
初めてワタラッパンを食べたとき、「本当においしい!」と感動した花里菜さん。その体験から、食を通じて、世界の多様性や広さをもっと知りたいと思うようになりました。
プレゼンでは、スウェーデンのセムラ、スペインのポルボロン、イギリスのバノフィーパイ、トルコのロクムなど、世界各地の伝統的なお菓子も紹介してくれました。
よく知られた国だけではなく、普段なかなか知る機会のない小さな国や地域の食文化も伝えたい。
たくさんの「初めて」に触れられる場所にしたい。
見て、触れて、味わって、感じることで、人の心は少しずつ変わり、次の段階へ進んでいく。花里菜さんはそれを「プログレスしていく」と表現しました。
本を読むことも、絵を見ることも、知らない国のお菓子を味わうことも、すべてはまだ見ぬ世界へと通じる小さな扉です。
扉を一つ開けるたびに、自分のなかの世界も少しずつ広がっていく。
花里菜さんがつくりたいのは、単に飲食を楽しむカフェではありません。訪れた人の心に、新しい世界への扉がいくつも生まれる場所なのだと思います。
一人ひとりの体にやさしい選択を
日本の学校給食で、毎日牛乳を飲むようになった花里菜さんは、しばらくして毎日のようにお腹を壊すようになりました。
新しい学校に移った緊張のためだろうか。環境が変わったせいだろうか。
そう思いながら過ごしていましたが、やがて、自分が乳糖不耐症であることがわかったそうです。
この経験から、カフェでは、食べる人の体質や背景にも配慮したものを提供したいと考えるようになりました。
花里菜さんのお薦めはオーツミルク。「本当においしいの!」と話す笑顔からは、自分が見つけたおいしさを誰かと分かち合いたい、という喜びが伝わってきました。
「みんなに同じものを」ではなく、一人ひとりの違いを知り、それぞれが安心して楽しめるものを用意する。
多様性とは、難しい理念として掲げるだけのものではなく、目の前の誰かが困らないように想像し、選択肢を増やすことから始まるのかもしれません。
屋上には、子どもたちと育てる小さなガーデンを
カフェの屋上には、子どもたちも参加できるミニガーデンをつくります。
種をまき、水をやり、時間をかけて植物を育てる。花が咲き、実がなり、それを自分の手で収穫する。
学校で数字や知識として学ぶことも大切。でも、それだけではなく、自分の手で触れ、変化を見つめ、育っていく時間を体で感じることが、本当に大切なのだと花里菜さんは話します。
種から野菜を育てることは、これまでもお母さまや弟さんと一緒に続けてきました。
カフェの屋上では、エディブルフラワーやハーブを育て、摘みたての花や葉を使ったお菓子をつくり、訪れた人に味わってもらいます。
「触って、味わって、新しいものに出会う。それが本当に大切だと思うんです。それが人生、みたいな」
中学生の花里菜さんから飛び出したこの言葉に、私ははっとさせられました。
子どもは、大人が教えることだけを受け取っている存在ではありません。
自ら見て、触れて、味わい、感じながら、世界の本質をつかんでいく。そのなかで、大人が忘れかけていた大切なことを、まっすぐな言葉で思い出させてくれることがあります。
行かなくても始められる「旅」がある
自分がまだ見たことも、食べたこともないものに出会うと、自分のなかの「世界」が広がります。
旅は、もちろん実際に遠い国へ出かけることでもあります。でも、旅の始まりは、それだけではありません。
一冊の本を開くこと。
一枚の絵をじっくり見ること。
知らない国のお菓子を味わうこと。
ベランダや庭で、小さな花を育てること。
遠くへ行かなくても、日常のなかには世界と出会う入口がいくつもあります。
花里菜さんが将来つくりたいのは、花と緑に包まれ、世界の旅や料理の本、美しいアートに囲まれながら、さまざまな国の食を楽しめる「Flower & Book & Art」がテーマのWORLD BOOK CAFEです。
食を通して世界を少し近くに感じたい人。
忙しい日々のなかで、ゆっくりエネルギーを取り戻したい人。
一人で静かに本を読みたい人。
誰かと新しい発見を分かち合いたい人。
そこを訪れた一人ひとりが、自分なりの小さな幸せと出会える場所です。
夢は、誰かに語った瞬間から動き始める
花里菜さんのプレゼンを聞きながら、私は、夢とは単に将来の職業や目標を語ることではないのだと、あらためて感じました。
自分が寂しかったときに、本やアートに助けられたこと。
カフェで過ごす時間に、小さな幸せを見つけたこと。
異国のお菓子を食べて、世界の広さに心が躍ったこと。
自分の体の違和感を知り、誰もが安心して味わえる選択肢の必要性に気づいたこと。
家族と植物を育て、手で触れながら学ぶ喜びを知ったこと。
花里菜さんの夢は、その一つひとつの体験から生まれています。だからこそ、具体的で、あたたかく、聞く人の心を動かすのでしょう。
子どもの夢を応援するということは、大人が何かを与えることだけではありません。
まず耳を傾けること。
その子が見ている世界を、一緒に見ようとすること。
そして、その夢には社会を少しやさしくし、豊かに変えていく力があると信じることなのだと思います。
花里菜さんのWORLD BOOK CAFEは、きっと、そう遠くない未来に実現することでしょう。
その日が来たら、みんなで訪れたいですね。
もちろん、一人で静かに扉を開けるのも素敵です。
花と緑に囲まれ、やわらかなクッションに身を預けて、本を一冊開く。まだ知らない国のお菓子をひと口味わう。
そして、日常のなかにある小さな幸せと、まだ見ぬ世界の広さを感じる。
そんな場所が生まれる日を、心から楽しみにしています。
風鳴舎
発行人 青田 恵





