保護犬「福」は救世主人公~おかげで生きるということを考えられた~(塩出真央)

保護犬「福」は救世主人公~おかげで生きるということを考えられた~(塩出真央)

 

                         塩出 真央


今回、書評させていただく本は昨年10月に刊行された大ヒット本
『妻が余命宣告された時、僕は保護犬を飼うことにした』通称「つまぼく」です。僕が、この本を読むことで与えていただいたインパクトについて書いてみたいと思います。

 

Amazon総合1位ってすごいですね・・・

 

まず、この本が僕の手元に届いたのは昨年の11月23日だったと思います。実はこの3カ月ほど前に家族ぐるみで一番仲のよかった近所のおばちゃんがすい臓がんで亡くなりました。僕においても身近だった人ががんで亡くなるという体験をしたばかりでなんと、タイムリーな話題の本だと感じ、逃げずに書かなければと思いました。

 

僕がいちばんインパクトを感じたのは悪性胸水という名前のついた最初の章でした。この本を最初に開いたのは手元に届いてから4日後に旅先である高知で読みはじめました。

悪性胸水???????????????????????


最初悪性胸水というワードをみたとき、それがどういうことか気になりすぎました。ただ、パソコンを開いてゆっくり調べる時間もなく、インターネット環境もなく、母のスマホで調べればよかったのですが、そんな片手間に調べてどこか納得しては小林さんに失礼ではないかとも思い、旅行中の頭の中は悪性胸水、悪性胸水、悪性胸水といっぱいになり、牧野植物園に行き、牧野富太郎さんにどこか親近感を覚え、園内のレストランで食べた鉄鍋の煮込みハンバーグも非常においしく有意義な時間を過ごせはしたものの、初見の段階が悪性胸水かという仮説のインパクトが頭の中の大部分を占めていました。
1泊2日で岡山に戻ったその日は長旅の疲れもあり、メールチェックと軽いネットニュースのチェックしかする気が起きず、その日は早めに休むことにしました。

翌日、仕事から戻っていつものようにりんごジュースと甘いお菓子でブレイクを設けてからパソコンを開き、悪性胸水をネット検索しました。

一口にそう言ってもたくさんのケースがあるようで、一概には言えないということがわかりました。そして、ちょっ、ちょっ、待てよ。となりました。いくら余命半年と言われてももっともっと生きる可能性もあり、余命宣告の数字は目安みたいなもののようです。薫さんは2年間という歳月をまっとうし、小林家に保護犬福が加わったことによって余命宣告を受け、治療がはじまり殺伐していた家庭環境また家族関係にもあたらしいコミュニケーションが生まれ、最初のほうは山あり谷ありで大変だったかもしれない。でも、どんどん、だんだん、いい方向へいい方向へ転じていくことが実現したアニマルセラピーのリアル・ドキュメントであることが見えてから読書のスピードも上がり、没頭できました。

ややや、やっぱり、しつこいけれど、僕が感じた悪性胸水のインパクトをどうしてももう少し書きたいです。初見がそれか・・・のインパクト、僕の頭にささったままの棘。

よく、乳がんを初期で発見した事象として入浴中に感じた違和感からの発見やあきらかな体重減少や何らかの体調変化から気づくチャンスはなかったのか家族や当事者でもないのに軽率な思考がグル、グル。。。

とともにこんなことも思いました。薫さんはつよい女性だとも。それが第一印象でした。本の中にも記されていますが、検査結果を夫である小林さんに伝える際、胸に水が溜まっていたよと平然とでは決してないけれど。

ただ、自分が乳がんになった、その現実を受け入れるだけで余命宣告をそのときにされたならなおさらもっと、もっと泣き崩れて正気の沙汰ではいられないほどになってもいい場面でそうならなかったことに驚きました。

 

あと、もうひとつ。

 

薫さんの抗がん剤治療がはじまって、アルコールの作用でも意識がもうろうとする中、キッチンに立ち、「沼サンド」をよく作っていて、その動画も残っているとのことです。キャベツにたっぷりのブラックペッパーを振って、ハムとスライスチーズとマヨネーズのホットサンドみたいです。元々餃子には、ペッパーに醤油だったんですけれど、何にでもペッパーを割と多めに振って食べることに最近はまっています。

 

キャベツにブラックペッパーをたっぷり

 

さて、やっと保護犬福の話ができます。

保護犬を飼うということは、ペットショップで犬を飼うよりも飼い主たちに心をとかすまで時間がかかると言われています。それはそれまでの飼い主たちにひどい飼われ方を強いられていることや元野犬で人間不信になっている子たちが多く、最初に福が小林家へ来た時も怯えなからからだを震わせケージから一歩外へ踏み出すことさえもものすごい奇跡に感じられるほどだったのだと僕は感じました。
これってすごいことなんじゃないかとあらためて思うのです。

あたり前に過ぎていく時間が実は尊く、あたり前なことでは決してない。印象的な場面があります。

福が昼間だと人やものにびっくりして散歩できないからと夜明け前から散歩することにしたそうです。(この本のHPにあがっている動画のイメージですね、動画はこちら➡https://fuumeisha.co.jp/pages/tuma-boku

 

特設ページ内で公開中の動画の冒頭部分

 

それではじめて散歩がクリアできた日、薫さんもものすごく福が散歩できたことを喜び、家族ともその喜びを共有したことでしょう。この達成感を共有し、喜ぶという刺激が生きるということであり、この小さな幸せの積み重ねが小林家みなさんの生きる希望にどれだけなったことか。
こんなこともあったようです。薫さんと福が鼻と鼻をこすり合わせあいさつをするという行動。薫さんは犬族のあいさつだね、と日々はしゃいでいたそうです。時間が経つにつれて福も薫さんが心配だったのかそばで添い寝をよくしていたようです。

 

お写真、許諾をいただいてお借りしました。

 

毎日陽が沈み、また太陽が昇る。こんなあたり前にも以前気がつくことがあったでしょうか。夜明けの空模様も一日、一日、ひとつ、ひとつ、おなじ空模様なんて存在しません。日々変わります。また昨日とおなじような日々が過ぎていくこと。これがいちばんの幸せであること。僕もこの本を読むことで再確認しました。

小林さんはこうもあらわしています。福は僕、僕たちにとって生きることを教えてくれる先生だ。と。それと同時に僕は思います。福は小林家の救世主人公でもあり福が来るタイミングもよかった。と。

 

最初のころの福ちゃんだそうです。お写真お借りしました。

 

好き勝手なことを書きましたが、これを読みながらまた読後心身に刺さった棘は抜けそうにありません。

また、これを深く実感するのはもう少し後かもしれませんが、この僕にとっても「福」は救世主人公かもしれません。

人間、命はのちにかならず尽きます。今までと大きく変わったことはできないかもしれません。ただ、小さな幸せを噛みしめながら、夢を持ち、ひたむきに僕は生きてみようと思います。この本が読まれることで生きることに少しでも思いをめぐらせ、少しでも殺処分される犬たちが減りますように。微力ながらここに記します。

本については風鳴舎さんのHPはこちら↓

https://fuumeisha.co.jp/products/9784907537463

塩出真央(プロフィール)
詩作家。1989年岡山県生まれ。

 

 

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