戦後の子どもたちを守る活動から70年――愛星保育園が『エトのさがしもの』に託した、愛と平和

戦後の子どもたちを守る活動から70年――愛星保育園が『エトのさがしもの』に託した、愛と平和

絵本『エトのさがしもの』を制作した愛星保育園・村岡恵美子園長インタビュー

新刊絵本『エトのさがしもの』は、東京都港区高輪にある愛星保育園の創立70周年を記念して生まれました。物語を考えたのは、日々子どもたちと向き合う保育士たち。およそ4年にわたり対話を重ね、同園の保育士である、あいひかるさんが約40ページの水彩画を一人で描き上げました。 

なぜ、一つの保育園がこれほどの歳月をかけて絵本を作ったのでしょうか。その答えは、愛星保育園が70年間守り続けてきた「子どもを真ん中に置く保育」と、愛と平和への願いのなかにありました。園の成り立ちと受け継がれてきた理念、絵本に込めた思いを、村岡恵美子園長に聞きました。

戦後、困難のなかにいた子どもたちを守るために

――愛星保育園は、港区で最も歴史のある私立保育園です。どのように始まったのでしょうか。

 愛星保育園の原点は、終戦直後の1945年に始まった学生ボランティアの活動にあります。当時は、生活に困窮する家庭や、学校へ行けない子ども、幼い弟や妹の世話を担う子どもたちが大勢いました。そうした子どもたちを守り、家族を支える拠点をつくりたいと、カトリック教会に集う学生たちが立ち上がったのです。

活動を担ったのは、「聖ビンセンシオ・ア・パウロ会」の学生ボランティアたちでした。各方面から寄せられた少額の寄付を積み重ね、2年余りの準備期間を経て、195611月に認可保育事業を開始しました。初代園長も、当時は大学3年生だったと聞いています。

こちらが 旧園舎です。

今の新園舎がこちらになります。

園には、創設当時の様子を記録した古いフィルムが残っています。毎年、創立記念日には子どもたちと一緒にその映像を見ながら、「愛星保育園は、困っている人や子どもたちを支えようとした人々の思いから始まったんだよ」と伝えています。現在の子どもたちもまた、その長い歴史の続きを生きているのです。

70年間変わらないもの――子どもを第一に考える

――創立から現在まで、変わらずに受け継がれているものは何ですか。

一番は、「相手を思いやる心を育てること」です。そして何かを決めるときには、まず子どものことを考える。次に保護者のことを考え、職員自身の都合は最後に考える。この順番は、ずっと大切にされてきました。

現在、社会では「こどもまんなか」が掲げられていますが、愛星保育園では以前から、「子育て支援」だけではなく「子育ち支援」という言葉を使ってきました。まず支えるべきなのは、一人ひとりの子どもの育ち。そのために家庭を支え、保護者に寄り添うという考え方です。

保育理念は、「子も 親も 職員も ともに育ち合う」。保育士は保育の専門職ですが、大人がいつも正解を持っているわけではありません。子どもたちの言葉や姿から、私たちが教えられることもたくさんあります。子ども、保護者、職員が互いに刺激を受け、育ち合う関係を大事にしています。

「必要な人に、必要なときに、必要なかたちで」

愛星保育園は創設以来、社会や家庭の変化に合わせ、随時入所や早朝・夜間の延長保育、障害のある子どもや外国籍の子どもの受け入れ、一時保育などに取り組んできました。

延長保育も、事前登録した家庭だけが利用する形ではなく、急な仕事などに対応できるスポット利用を早くから取り入れました。予定外にお迎えが遅れた子どもが、ほかの子の食事を見ながら空腹を我慢するようなことがあってはならない。制度や大人の事情よりも、そのとき目の前にいる子どもに何が必要かを考える――それが、園の歩みを貫く姿勢です。

園全体を「一つの大きなおうち」と考える

――年齢の異なる子どもたちが共に過ごす「混合保育」も、長く続いているそうですね。

創設当初は職員が少なかったこともあり、子どもたちを年齢ごとに分けず、さまざまな年齢の子が一緒に過ごしていました。しかし、そのなかで育つものの大きさに気づき、現在まで大切に受け継いできました。

家庭では、きょうだいを年齢ごとに分けて育てるわけではありません。保育園を「一つの大きなおうち」と考えれば、異なる年齢の子どもたちが関わり合うのは自然なことです。

小さい子は、大きい子の姿に憧れて「自分もやってみたい」と思う。大きい子は、「どうすれば小さい子が喜ぶだろう」「どう教えたら分かりやすいだろう」と考えるようになります。「思いやりを持ちなさい」と言葉だけで教えるのではなく、毎日の関わりのなかで、誰かにしてもらってうれしかったことを、今度は自分が誰かにしてあげる。そうして思いやりは、子どもたちのなかに自然に育っていきます。 

「ありがとう」と「どうぞ」が、平和につながっていく

愛星保育園の創設に関わった人々は、戦争や貧困など、大人の都合によって最も大きな犠牲を受けるのは子どもたちだと考えていました。だからこそ、子どもたちに平和を伝えていくことを大切にしてきました。

平和とは、特別な場所だけで語られるものではありません。「あなたと出会えてよかった」と相手の存在を喜び、「ありがとう」と感謝すること。自分だけが前へ出ようとするのではなく、誰かに「どうぞ」と譲ること。そんな日々の小さな行為が、相手を思う心を育て、やがて平和につながっていくのだと思います。 

保育士たちが、同じ願いを見つめて作った絵本

――『エトのさがしもの』には、園の理念がどのように込められていますか。

制作を始めるとき、保育士たちの間には「愛星保育園が大切にしてきたことを、必ず物語に入れたい」という思いがありました。

主人公をどんな存在にするのか、物語のなかでどんな言葉を交わすのか。「ありがとう」「ごめんね」「たすけて」「だいじょうぶ?」といった言葉が、どんな場面なら子どもたちの心に届くのか。保育士たちは一つひとつ丁寧に考え、話し合いました。

主人公は、何でも上手にできる完璧な天使ではありません。まだ修行の途中で、ちょっとおっちょこちょい。だからこそ、迷い、困り、誰かに助けてもらいながら進んでいきます。子どもたちが自分の姿を重ね、親しみを持てる、愛らしいエトが生まれました。

制作チームの話し合いでは、誰かの発言によって大切な方向がずれてしまうことがありませんでした。職員みんなが、園の理念を日々の保育のなかで共有していたからです。最終的に見つめていたのは、いつも「愛」と「平和」。その共通の願いがあったからこそ、4年にわたる制作が一つの物語へと結ばれていきました。

園の70周年から、世界中の親子へ

エトは、さがしものを求めて出会いと冒険を重ねます。しかし、本当に見つけていくのは、目に見えるものだけではありません。人と出会えてよかったと思うこと、相手を思いやること、困ったときに助けを求めること、そして誰かと支え合うこと。そのすべてが、愛とは何かをエトに教えてくれます。

この絵本は、愛星保育園に通う子どもたちだけのためのものではありません。園で生まれた物語ですが、そこに描かれているのは、世界中の人に共通する大切なテーマです。

「世界中の親子に読んでほしい」

村岡園長が最後に語ったその願いには、戦後の子どもたちを守るために立ち上がった学生たちの志と、70年間、子どもを真ん中にと考えて保育をしてきた保育士たちの思いが重なります。 

『エトのさがしもの』は、一つの保育園の記念絵本であると同時に、子どもも大人も一緒に「愛とは何だろう」と考えられる絵本です。愛星保育園の70年の歩みから生まれた小さな天使エトが、これから多くの親子のもとへ、愛と平和の種を届けます。

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